映画批評「空白」

私の独断と偏見による評価

4.5 out of 5 stars (4.5 / 5)

ストーリー

 自己主張が上手にできない少女の悲劇が、携わった人すべてを追い詰めていく。

 ドラマは、少女の日常生活からはじまる。
 女子中学生の花音は、漁師の添田充をシングルファザーに持ち、普通の家庭とは少し異なる家庭で育っていた。充は「極端」な性格をしており、とっつきにくい。花音は、いつもイライラしている父に、思うように話ができないような、消極的な子だった。

 学校では、入学式の準備が進められている。花音は、和紙でつくる花を作っていた。バラの様に綺麗な花だ。入学式で飾るタンポポの様な花のクオリティは、遥かに越えている。大人が作っても、まともに作れない創作物である。けれど、作るのに時間がかかり過ぎていた。担任の先生からは、他人を頼るか、クオリティを落としてみたらとアドバイスを受ける。花音には、学校で頼める友達もおらず、柔軟な対応をとることもできなかった。花音を受け入れてくれる環境はどこにもなかったのだ

 スーパーで父の引継ぎで、何となく店長をしていた青柳直人。それなりに、仕事をしていた。よく盗まれているマニキュアの前に、花音が立っていた。花音が商品に手を伸ばしたとき、手首をつかみ店内のバックへ連れて行った。次の瞬間、花音がバックのドアから飛び出して、外へ飛び出していく。飛び出した花音を追いかける青柳。そして、交通事故が起こり、花音は死んでしまう。

 怒れる充。壊れていく青柳。厄介払いする学校。視聴率が欲しいマスコミ。様々なわだかまりが詰まったヒューマンドラマ、余韻を残すサスペンス劇場である。

スタジオ・キャスト

配給

スターサンズ / KADOKAWA

監督・脚本

  • 吉田恵輔

 1975年生まれ、埼玉県出身。

 東京ビジュアルアール在学中から自主映画を作成する、バイタリティーの持ち主です。2008年に小説『純喫茶磯部』を発表し、自らの手で映画します。

 2006年に『なま夏』を自主作成し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞しています。

 監督作品に、『メリちん』(06)、『机のなかみ』(07)、『さんかく』(10)、『犬猿』(18)、『愛しのアイリーン』(18)、『BLUE/ブルー』(21)などがある。

キャスト

  • 俳優:古田新太 / 役:添田充
俳優紹介

 1965年12月3日生まれ、兵庫県出身。

 劇団☆新感線の看板役者です。バラエティーのレギュラーもこなし、色々な顔も持っています。

 お父さん役、極道役、僧侶役、官房長官役、女装役、と役柄を演じてきました。女装役などは、かなり印象が深いのではないでしょうか。

 主な映画の主演作に『木更津キャッツアイ』シリーズ、連続テレビ小説『エール』、ドラマ『半沢直樹』シリーズなどがあります。逃げ恥やシン・ゴジラにも出演していて、何てことない役でも印象を残す人です。

役どころ

 交通事故にあった娘のシングルファーザー役です。自分にも、他人にも厳しいという役どころ。すごく頭が固く、自分の信念をまげません。それは、娘にとっての良い父親ではなかったのです。

 人間臭い役で、娘を失ったことで感じる感情を、正直におもてに出して伝えるのです。伝えるのが、下手くそで、こんな父親嫌だなと思いつつも、共感できるとこがあります。

  • 俳優:松坂桃李 / 役:青柳直人
俳優紹介

 1988年10月17日生まれ、神奈川県出身。

 2009年に特撮ドラマ『侍戦隊シンケンジャー』でデビューした、イケメン俳優です。

 代表作に、『アントキノイノチ』(11)、『孤狼の血』(18)、『新聞記者』(19)などがある。2021年には『耳をすませば』を控えている。チャリを漕ぐのでしょうか?ブルージーンズに薄橙色の上着(下にワイシャツ襟イン)でも松坂さんなら映えそうです。

役どころ

 万引きをしたと思われる、女子中学生の後を追いかけることで、目の前で人が死ぬところを目撃してしまう。

 人が死ぬところを目撃したことでも、トラウマになりそうなものです。さらに追い打ちをかけるように、不幸が降りかかってきます。

 そして、壊れていきます。

  • 俳優:伊藤蒼 / 役:添田花音
俳優紹介

 2005年9月16日生まれ、大阪府出身。

 『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)子役で活躍をした女優さんです。

 出演作に『島々清しゃ』『花戦さ』『望郷』(17)、『累-かさね-』『ギャングース』(18)などがある。

 最近では、『ひきこもり先生』4話、『おかえりモネ』に出演しており、2022年公開予定の『さがす』では、原田楓役として難しい役に挑戦します。

役どころ

 自宅で、学校で、人付き合いに悩む中学生の役です。飽食の時代に誕生している、心の悩みをかかえています。

 この彼女にも、キラリと輝くところはあるのです。しかし、生きているときには、誰にも気づいてもらえません。他人に興味を持ってもらうのが、難しい現在があります。その中で生まれた、ありがちな少女です。

  • 俳優:田畑智子 / 役:松本翔子
俳優紹介

 1980年12月26日生まれ、京都府出身。

 1993年、映画『お引越し』で主演デビューしました。その後、連続テレビ小説『私の青空』のヒロイン役を演じ、注目を集めました。

 最近の作品に、『おたおたでひとりいぐも』(20)、ドラマ『贋作 男はつらいよ』(20)、『歩くひと』(20)などがある。

役どころ

 充と別れた後に再婚し、大きなお腹には赤ちゃんを宿している役です。

 花音に対しては、ちゃんと母親をしていて愛情を向けています。子どもの変化に、気づいていたのもこの人しかいませんでした。

 充に対して『子どもが何に興味を持っていたか知っているの』と問うことができます。花音に一番興味を持って接していた人物です。

世界観

 この交通事故の場合、学校での問題や青柳店長の事情聴取に疑う点がないように思います。警察側で「公開しない」と情報規制がかかりそう案件です。実際報道されるとしても、交通事故を起こした人や場所くらいなものでしょう。

 この映画が訴えたいことは、現代病についてだと思います。

 今は、ものに溢れていて、便利な生活ができています。便利な生活が当たり前になり、お隣同士で助け合う必要がなくなりました。変にコミュニケーションを取ろうとすると、トラブルに巻き込まれる危険性さえあります。そんな、人と人との関係がない「空白」を描いた作品なのです。

 テレビの報道についても、厳しく批判しています。
 最近、私はみたくもないニュースをみました。コロナワクチンについてのニュースです。医者が3度目の注射を打つことについての、意見を述べていました。当然のことながら、断定したことは医者には言えません。「時間が経てば3度目の注射を打つ必要があるでしょう。」と捉えることのできる言葉を、うまいこと編集して司会者が問題点を強く主張することで「3度目の注射を打つことに不安があるなか、打たなければならない。」ような印象を与えていました。ほんとに不安を過剰にあおるのが上手です。「~の一方で」などのテクニックがエグいと感じます。非常に多いです。
 作品の中では、悪意のある編集の仕方があからさますぎて、少し笑ってしまいました。

 この作品の怖いと思うところが2つありました。花音が実際に万引きした確実なところを、描写していないところ。最終的に殺人を犯したトラックの運転手が、世間的にバッシングを受けていないところです。

 こんな、ど暗い世界観ですが、ちゃんと救いがあるようにできています。安心してください。

イチオシ場面

 吉田恵輔監督がインタビューで「青柳は最後に、誰も言ってくれなかった、ねぎらいと感謝の言葉をもらう。どんな些細な言葉でも、どんな状況でも、人には救われる可能性があることを感じてもらえればいいなと思います。」と残しています。
 オススメのシーンは、青柳のおばあちゃんが言った、「話をするときは、しっかりと人と向き合わなければいけん。ー」の後に続く言葉が、忘れられません。

 担任だった教師が、いいことに気づくシーンも好きです。この先生は、顧問の教師も気づいていなかった、残された花音の「荷物」を充に届けることをしました。いい先生になっていくことでしょう。
 現実の世界で、自殺する学生は多いはずです。精神科医のような傾聴スキルを身につけろとはいいません。成長の度合いは子どもによって様々です。「俺、あいつ嫌い」ではなくて、解かってあげられる先生が増えたらいいなと思います。

 充が、元妻に対して、正直な気持ちを打ち明けるシーンも暖かいです。一押しです。

 花音のことを知ろうとして、充が色んなことをします。その上で、娘の才能の片りんが垣間見える場面も見ものです。


自宅で映画を観るなら

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